NA.home通信 376号
2.feb.2014

 郷にいれば郷に従え。地元の習慣に合わせなさいと云うことだろう。旅先でその地方の美味しいものをいただくのは旅行の楽しみの一つだが、合わせたくない習慣もある。
 
 スカイラインがケンメリだった頃、友人Kと京都嵐山で湯豆腐を食べた。
 鍋に残った美味しい出汁、これを残す手はない。レンゲを貸して欲しいと言うと「えっ?」と聞き返された。
 「出汁をすくうものを貸して欲しい」と言い直すと、「どうされるのですか?」と聞く。
 「飲むんだよ」
 結局レンゲなどはなく、出てきたのは小さな茶さじ。こんなものでは百万回すくっても器は満たされない。Kは台拭きとハンカチで鍋の取っ手を掴むと小さな器にこぼさないように鍋を傾けた。
 ほかの店でも同じようなことで、信じられない事実として「関西では鍋の出汁は飲まない」のだと結論づけた。
 
 建築士会の支部の旅行で大阪へ行き、夜は居酒屋で宴会。鍋が用意されていた。
 私は支部長にこの件を告げると、「何やー」と声を荒げ、店員を呼びつけると、鍋1つに出汁のお代わりと玉杓子を2本ずつ付けろと命令した。
 店員は奥へ一旦下がり、
 「お出汁は大丈夫ですが玉杓子はありません」
 「無かったら買ってこーい。銭払わんぞ」
 道頓堀中探したか、真新しい木製のお玉が届いた。
 
 三遊亭円丈著の「雁道」に、東京で味噌汁のシジミを食べたら「お前はシジミを食うのか」と奇異な目で見られたという行りがある。これも信じがたい東京地方の得意な習慣なのだろう。
 汁を飲みながら鍋を食べるのは愛知県人だけなのかも。そんなことは気にせず、立春といえどもまだ寒いこの季節、温かい鍋でたっぷりの出汁で乗りきりたい。  

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