NA.home通信 369号
5.sep.2013

 学生時代、物理実験に苦しめられた。
 実験は問題ないがそのあとのレポートである。小数点以下何桁もあるような小さな数字を方程式に入れ計算しなければいけない。当時は8桁電卓が1万円くらいで、関数電卓ともなると勤労学生が買える金額ではない。桁を無視して電卓を叩いたり、筆算したりあの手この手で計算するが、回答が出ずOKがもらえない。2時間オーバーは当たり前になる。
 ところが、2回目の実験の授業で1時間も余してOKをもらった班があった。
 皆驚嘆のなか、「お先に」と振る手に持っていたのは計算尺であった。前の実験で苦労したので持って来たと話す。工業高校出身者の必殺アイテムであった。
 兄のお下がりの計算尺は持っているが、普通科の私は使い方を知らない。やむを得ず大枚はたいて関数電卓を買った。
 
 宮崎駿の最新作「風立ちぬ」で主人公の堀越二郎は計算尺を使って飛行機を設計していた。
 この道具、足し算引き算はできないが、かけ算割り算ばかりでなく平方根も三角関数もできる(らしい)。コンピューターの無い時代、すべて計算尺で計算していた。飛行機も船も橋も東京タワーも計算尺である。
 竹製で目盛りのついた棒が3本、真ん中の棒と透明で縦に赤い線の入ったカーソルをスライドさせて計算する。簡単な形だがよく考えられている。
 
 恐怖の物理実験から10年、工業高校の教壇に立っていた。
 「試験は電卓、ポケコン、計算尺持ち込みOK、算盤はダメ」
と言うと、生徒から「先生、計算尺って何ぃ?」
工業高校生の必殺アイテムであった計算尺はすでに過去のものになっていた。
 さらにそれから30年、仕舞い込んだ計算尺を出してみた。懐かしさで目盛りがにじんでいる。と思ったら老眼のせいだった。

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