NA.home通信 340号
15.dec.2011

 知多半島は3回隆起して出来ている。最後の隆起がいつだったか、調べた人が居たら教えて欲しい。
 住吉神社が入水神社という別名があって、昔は入り江だった。旧カブトビールの赤煉瓦建物がある場所は、海だったことになる。
 住吉神社から東に紺屋海道という道がある。昔は船の帆を染める染物屋があって、それが鎌倉時代だという。とすると最後の隆起はその後か。でも、日本というか地球全体がその頃は暖かくて、海の水位が高かったという節があり、海岸線が下がったのかもしれない。
 
 半田の地形を見るとかなり人の手が入っている。
 神戸川は真っ直ぐに流れているが、相当な幅で暴れていた形跡がある。地盤調査をすると、とんでもないところまで川底の地層が出てくる。
 阿久比川も、町の中を流れていたものを北側に曲げてある。ブラタモリではないが古地図があったら見たい。そこに知多半島の形成の歴史が刻まれているか興味がある。
 
 わが家は「防ヶ峰」という集落の端にある。峰というから小高い一帯である。東側は沢だった。その沢を遡ると宮池、谷をせき止めて作ったため池だ。このような小高い山と谷が連続している。明らかに断層がなせる地形である。これを加木屋断層、または加木屋成岩断層と言う。断層の深さから見ればわが家は真上にあるといっても良いだろう。でも元地である。これを地盤が良いと言うのだろうか。
 
 とにかく日本は活断層だらけだ。それを恐れていては何も出来はしない。でも備えだけはしておきたい。
 今年もそろそろ終わりである。震災の年であった。耐震改修も例年にない件数を手がけた。耐震改修はどれだけでも歓迎だが地震はゴメンだ。でもいつか来るから改修は必要だ。日本に住む限り、このジレンマにみんな苦しむ。
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