NA.home通信 180号

30.jun.2002
 娘が家庭教師のアルバイトを始める。
 美術科とはいえ教育大の学生なのだから当然かもしれないが、学力で入ったとも思えないし、塾にも通っていなかったので勤まるかどうか心配だ。おまけに進学校の高校生らしいので、娘の知らない世界だろう。

 かく言う私にも家庭教師の経験がある。25歳の時だった。
 知り合いの息子で近所の悪ガキの裏ボスみたいな中学2年生。月3万円という報酬に目がくらみ引き受けた。

 地元の普通科高校に行きたいと言うが280人中147番、遙か彼方の目標に思えた。
 まず、近所の悪ガキ連中とは手を切らせた。それは裏ボスだから簡単。
 次は何かクラスでトップの教科を作ろうと提案し、
 「一番近い教科は何だ」と訊いた。
 しばらく考えていたが自信なさげに「数学かな…」と答えた。
 ここで国語と言われたらどうしようと思いながら、数学ときいて胸をなで下ろした。でもそれはおくびにも見せず、数学の特訓を始めた。
 そのうち、数学以外教えられないことがばれてしまうが、それはこの際置いとく。

 2学期からだったが、中間テストで順位を上げ、期末には数学でトップを取った。
そうなると周りの目が変わり、本人の自覚も出る。他の教科も力が入るようになり、3学期には順位が100番上がっていた。3年になると1学期末には1割以内に入っていた。
 こうなると市内トップの名門校にも手が届きそうだが、本人は無理をせず、目標だった高校に進学した。

 月3万は安かったなと思うが、それ以上に自分にも勉強になった。
 もっとも、本人にやる気も能力もあったので、それを引き出しただけで何もしていないのかもしれない。多分そうだと思う。でもちょっとしたきっかけで変わっていく少年を間近にして、大人がすべきことが少しわかった気がした。
 娘が初めてひとを教える。あれほど教えられることが嫌いだった子がどんな体験をするか、期待と不安が交錯している。

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