修業時代、図面を整理してたら気になるものを見つけた。
「霞ヶ浦航空隊記念館 新築工事 設計図」。何じゃこれ?
遠く離れた亀崎の小さな事務所に何故?。
恐る恐る所長に尋ねると、「俺、予科練に居たから」。凄いことをサラッと言う。
予科練?七つボタン?桜に錨?。19歳で終戦のはず、九死に一生とはこのことだ。予科練から早稲田の建築に進んだのは他に居ないだろうから、設計依頼は当然、ってホンマかいな。
特攻隊の生き残りと云えば、鶴田浩二みたい寡黙な硬派で怖いイメージ。でもわが師匠は真逆、おしゃべりで明るい人だ。
朝ドラ「エール」で、主人公裕一が予科練の体験をする場面があった。でも聞いていたものと少し違った。
ドラマではハンモックだったが、実際は二段ベッドで毛布が2枚。貧乏でせんべい布団1枚に兄弟二人で寝てたので、2枚の毛布は自分には極楽だが、回りは全国から志願したお坊ちゃまばかりで、寝られずにしくしく泣いていたとか。
予科練の歌=若鷲の歌を作曲した古関裕而は私が好きな作曲家の一人。軍歌を作らなかった服部良一とは対称的に名曲揃いだ。それをどう描くのか、注目していた。
ドラマでは、恩師の戦死に立ち会わせ、多くの若者を戦地に送ってしまった後悔を乗り越えて「長崎の鐘」を書く。まあ、そうだろうな。
今年は甲子園の高校野球が出来なかったが、NHKの中継放送のテーマソングから大会歌まで古関裕而の作品。
阪神の「六甲おろし」も巨人の「闘魂込めて」も。なんでドラゴンズにも書いてくれなかったか、残念でならない。
古関作品は元気が出る曲が多い。みんなで声合わせて歌うのが似合う。それには平和が大事。
今年はついに大声出して歌うことは出来なかった。
来年は歌うぞ大声出して。7回裏、「燃えよドラゴンズ」か?。
ナゴヤドーム改め「バンテリンドーム」。略して「バンドー」だとよ。勘弁してくれ。