中学以来の友人T君がようやく店を持つことになった。彼は名古屋の料亭などで10年修行し、新鮮な魚を求めて渡った日間賀島で結婚、島の住民になった。そしてこの15年あまり、半田市内で店を持つ話が数回あったけれど、そのチャンスに乗れないでいたのだった。
ところが運命のいたずらか、半田の実家の北側に隣接する倉庫が売りに出た。昨年父親が他界し、母親が一人になって心配になったところで、近くにいてやれるという気持ちもあって、そこを買うことに。場所はミツカン酢本社の目の前、蔵のまち半田を象徴する例の場所である。そこで古い蔵とくれば方針は決まる。私はそのころ市の依頼で蔵の調査を手伝っていたので、すぐさま都市計画課景観担当のK氏に話し、補助金を出すよう打診した。そのK氏も中学校の同級生。
設計がまとまるとこれも同級生のカトーエンジニアリングの加藤さんに工事を依頼。つまり、施主、設計者、施工者に加え、市の景観担当まで同級生ということになる。手前味噌だが、4者が協力し、生まれ育った半田の景観をたった一つではあるけれど、修復できたことはたいへん感慨深いものがある。
思えば、T君の実家がミツカン酢の工場に囲まれたところにあったことからスタートしたのだが、5年に一度の山車まつりに間に合ったこと、景観補助事業の改修例第1号になったことなど、宣伝効果も高いのは偶然ばかりではないなにかを感じさせる。