NA.home通信 474号
10.Nov.2019

 四年ぶりの熊本城である。そのときも耐震の設計講習の講師で招かれた。
 翌、小雨が降る12月の寒い朝、傘を差してお城を外回りからぐるり回り、大手門から中に入った。
 
 この日は秋晴れ、しかし場内には入れない。同じように市役所電停から左回りで見て回った。
 あれ?石垣の上、長屋がなかったっけ?十八間櫓かな。北側に回ると隅櫓の石垣は崩れて危うく支えられている。西側は堀を挟んで二の丸広場。ここからは、3つの天守が並ぶ壮観なたたずまいなのだが、今はタワークレーンと鉄骨むき出しの小天守。西南戦争でも残った宇土櫓は漆喰にヒビが入っている。しかし、何か前見た景色と違う。足場や仮囲いを除いても。
 そうだ、塀が無い。戦なら蜂の巣になるだろうと思わせる圧倒的なあの無数の狭間が無い。またその上に連続した櫓があったはず。
 
 大手門から通路が出来ていた。門自体は無い。工事のため撤去したかも。崩れた写真が仮囲いに展示してあった。
 あの長い塀は、全壊していた。通路の横には、瓦が保管されていた。
 
 通路以外場内に入ることは出来なかったが、地震の被害はテレビで報道されているより酷く、昭和に再建された天守は改修中だが、文化財であろう各施設は全く手つかずに見えた。
 西郷隆盛が西南戦争で「加藤清正に負けた」と言わしめた難攻不落の熊本城は、地震には弱かったと言わざるを得ない。
 
 しかし、宇土櫓を含め、いくつかの櫓は残っているし、石垣も重要なところは崩れていない、歴史遺産は残っている。
 全てを復旧することは不可能かもしれないが、名城復活を待ちたい。

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